面談を終えた銀治がデスクに戻ると、2課班長の河田淳史が珈琲カップを二つ運んできた。その一つを銀治の前に置き、もう一つは自分の机に置いた。現在2課が進行中調査案件は既に3件、百合子の案件で4件目となっていた。他にも4課の特殊調査もあり銀治は無休状態の勤務が続いていた。それは所長の堀田、同僚の調査1課主任の大森靖宏も同じだった。
各課の調査員が休めるようにシフトを組むのも主任の仕事であり、その為主任職の定休は望めないのが現状で、いわば探偵職は超一流のブラック職だ。しかし当事者の探偵は誰一人ブラック企業と思わないのだ。ブラック職の現実に耐えれない調査員は全員辞めていく。百合子が依頼した調査案件の期間は3か月間であり、銀治は河田が淹れた珈琲を飲みながら、勤務シフト表を眉をひそめて見つめ何か考えていた。
「美山様の案件、誰に振ろうか?」銀治は真向かいの席に座り、黙々と報告書を書いていた河田に言った。
「えっ・・・・・・・・」河田は手を止め驚いた表情で銀治を見つめた。初めて銀治から担当調査員の相談を受けたので、返答に戸惑った。
「そろそろ秋本にやらせてみようか。」
「主任に考えがあっての事であれば賛成です。」河田の胸中は不安であったが、自分への問いかけと評した決意表明に聞こえたのだ。
銀治は堀田のデスクに赴き秋本に担当させる事を報告をした。堀田は一瞬迷った様子であったが笑顔で快諾した。
「秋本はまだ早いと思います。何故逢川主任がしないのですか?彼女は新人なんですよ!」ヒステリック気味に牧野香織が反対したのだ。。銀治は顔を堀田に向けたまま、眉間に皺をよせ目だけを横にいる牧野に向け反論した。
「彼女は今新人期の壁にぶち当たってます。もしかするとこの会社を辞める決断をするかもしれません。壁なんですよ壁。調査でしかこの壁は越えれないんです。」銀治は堀田に向けていた顔を牧野に向けた。
「この調査は彼女に探偵としての最終決断をさせる為なんです。ただ探せばいいという事ではないんですよ。他の探偵事務所ならそれで良いかもしれませんが、うちは違うんです。美山様の話は全て事実の繋ぎ合わせなんですよ。何かが隠れています。ただ母親を探せばいいという簡単な事じゃないんですよ。秋本にその隠れた真実を見つけさせる以外に彼女は本物の探偵にはなれないんです。そしてその真実が美山様の人生を大きく変えていくんです。失敗したら私が責任を負いますから。無用な心配はしないで頂きたい。」銀治の図太い声に牧野はイラっとした表情をしたまま口を閉ざした。
銀治はデスクに戻ると同期の大森と目が合い眼笑し、百合子の面談資料に目を通しながら、調査中の秋本の帰社を待った。