アイウエオ
カキクケコ

探偵・逢川銀治「美山百合子」-1

2023/04/19

 小さな黄色い声がする保育園が依頼者『美山百合子』の勤務先だ。彼女が保育士となって3年目の満開のソメイヨシノが咲き誇る春、3歳になった『森村友香』ちゃんが入園してきた。カタコトながら喋れるようになった友香ちゃんとの出会いが、彼女の人生を変える事となった。

 百合子は12名の園児を受け持つ担任となり、その園児の中で友香ちゃんだけがひとり親家庭園児だった。午前7時を過ぎた頃、母親の『森村清美』と一緒に登園し、迎えが来るのは午後7時前後であった。友香ちゃんは1日の半分の時間をこの保育園で過ごしているのだ。午後4時を過ぎた頃、保護者が迎えに来た大半の園児が帰宅していき、午後6時には百合子と女性園長の二人以外の保育士全員も退園していった。そしていつも最後まで居残りしているのは、友香ちゃんだけだった。薄暮になった午後7時頃、森村清美がいつものように園門の前に、チャイルドシート付自転車を停め、門扉を開けて迎えを待つ友香ちゃんの部屋へと向かった。積木遊びをしていた友香ちゃんが、清美の声に気付き急いで遊んでいた積木を片付けた。片付け終えるとカタコトで「しぇんせ-しゃよだら」と百合子にお辞儀をして、清美と手を繋ぎ園庭を抜け自転車に乗せられ帰路についた。

 百合子が友香ちゃんの迎えがくる時間まで保育するのは、それなりの理由があった。友香ちゃんが教え子という事もあるが、彼女もまた幼少期からひとり親家庭で育ち、毎日父の遅い迎えを待っていた園児であったからだ。友香ちゃんは彼女が保育士となって初めてのひとり親家庭園児であり、友香ちゃんに自分を重ねていたのだ。傍から見ると彼女は友香ちゃんの母親か姉のように見える、その様な保育姿勢に、園長は絶大な信用をおき安心して任せていたのだ。

 お迎え最後の小さな天使が帰ると、百合子は日報などの残務作業を済ませ、帰る身支度をして午後8時に園を後にした。